遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
昨年は大波乱から始まり、(→こちらの記事 「大波乱の幕開け」)
フィオーリが法人化して、東京や名古屋、岡山でもレッスンを開催するという自分でもびっくりな一年でしたが
今年はどんな年になるのかな♡
駄々をこねてもうまくいってる!?
それがね。笑
実家で過ごすお正月を終えて、昨日ようやく芦屋神社にお詣りに行こうと思ったんです。
で、主人に「芦屋神社行こうー!おみくじ引こうー!」と誘ってみました。
「行っておいで」とそっけない返事。
「今日じゃなくてもいいんじゃない?」そんな雰囲気むんむん。
「でも!3日までにお詣りしたいじゃない。」って思ったし、ついでに言うと「歩いて行きたくない!!」
「はぁ?そんなん正月に車で行けるわけないんやん。歩いて15分くらいやねんから歩いて行き!」
「だって、すごい坂だもん。息切れるもん。歩いてはイヤ!!」
「お詣りは歩いて行くもんやろ。なに横着言うてんねん」
わかる〜主人の言ってることはごもっとも!
でも、ぜったい歩きたくないねんもん!!!
しばらく黙ってたら、主人が「行くんやったら着替えておいで。一緒に車で連れて行ってあげるから。」
やった♡と思って急いで着替えて、ちょうど買い物から帰ってきた次男も連れて芦屋神社にgo♪
でも神社の前に着いたら当然、車は入れなくて、
「ほらな、だから今日は無理やって言ったやろ。車停められへんから一人で行っておいで。帰りは歩いて帰り。」って神社の前で放り出され
付いてきたはずの次男も知らん顔で「俺、このまま先帰るから」って。
えー、私一人置いてけぼりー!?
仕方なく一人で混み混みの芦屋神社でお詣りしておみくじ引いたら・・・・
なんと「凶」!!!
「そんな在り方じゃ運は開けません。思い改めよ!」って!!笑笑
あははー、そりゃそうだ!
分かっててグズグズ言ってたんだけど、そりゃそうよねーって
一人でトボトボ坂を降りて家に帰ると、主人も息子も笑いを噛みしめてて、しかも
「おみくじ、凶だった…」って言うと堪えきれず大笑い。
「正月早々、あなたはほんまおもろいなー。凶やったん?」って。
「うん、今年はあなたの言うこと聞きなさいってことなんやと思う・・・」
「それは今年だけじゃなくていつもや!!
・・・・でも、よかったやん。
年明けに出鼻くじくようなことがある年は良くなる前触れや。それ以上落ちようがない。
去年は息子が出鼻くじく役やったけど、今年はあなたがみんなの代わりに出鼻くじいたから、良い年になるよ。
みんなの厄落としをしてきたんやね。みんなの役に立ったね。」
はー!そうきたかー
いつもの私は「歩いて行く」その行為も大切にしてるんだけど、この時は初詣だというのにどうしても歩きたくなくて駄々をこねてみたんだけど
それでも家族はみんなにこにこで、私はどこまでも愛されていて
「なんだ、駄々こねてみたところで、やっぱり全てうまくいってるのか」と新年早々思えた出来事でした。
そう、神様に怒られるのも、ぜーんぶ含めて、うまくいってる。笑
完璧でない私だから相手を喜ばせられる
今回はたまたま「駄々をこねる」でしたが、
「本気で怒る」とか「大泣きする」とか「本音をぶちまける」とかって
かっこ悪いから、事を荒げたくないから、大人なんだから…と理性で抑えがちですよね。
以前完璧主義だった私は人に弱みや隙を見せるのが大嫌いでした。
今もその名残はたまに顔を出すんだけど
「完璧でなくていい」どころか、完璧でない私だからこそ相手を喜ばせることができる存在なんですよね。
そして、そんな素の自分からあふれ出る「隙」や「ゆるみ」こそが、実は相手の心も溶かし、やる気や、可能性を引き出すもの。
年始早々、「丁寧に生きる」とは程遠い初詣でしたが(笑)
それでもやっぱり私の根っこはここにある。
「日々の暮らしの中で、今出来る範囲の最高の喜びを自分に与える」
この一年は、このことをゆっくり噛みしめながら歩いていきたいなと思います。
本年もよろしくお願いします。
2015年、主人から「仕事なんて辞めて掃除しろ」と言われ、離婚の危機に立たされます。
その状況を抜け出すべく、嫌いだった掃除と向き合っていくうちに本来の衣食住の意味や
暮らしの在り方、物事の成り立ちなどに気づいていきました。
2022年、ある出会いによって、その気づきは「日本人のDNAの目覚め」であったことが分かり、
生きとし生けるものが幸せに暮らす大和の智慧を、日々の暮らしに取り戻す「やまとごころ講座」をお伝えしています。